スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
「献身」という言葉の意味
今日はちょっと寝不足気味の久保です。
なぜ寝不足かと言うと、昨日買った本を夜中に一気読みしてしまったからです。

私を夢中にさせた本というのは、東野圭吾の「容疑者Xの献身」。
この本は去年いくつものミステリー賞を受賞し、しかも先日直木賞にも選ばれた作品です。さすがに今さら読むのは恥ずかしいとも思ったのですが、知り合いに勧められたこともあり、「有名な作品だし、一度読んでおくか」ぐらいの軽い気持ちで読み始めました。

書評や紹介文から想像したこの本に対する私のイメージは、「愛ゆえに犯罪に荷担してしまった孤高の数学者と、その友人でもある天才物理学者との息詰まる頭脳戦」というものでした。「デスノート」ばりの火花が散るような頭脳戦を期待していたのですが、直接二人が対決するようなシーンはほとんどありません。愛する人を守るために数学者があらかじめ構築していた犯罪のトリックを、友人の物理学者が少しずつ解き明かしていくという、メモなどとらなくても理解できる明快なストーリー展開でした。難しい数式や定理などは一切出てこないので、高等数学や物理の知識がない人でも安心して楽しめます。

ネタバレになるので内容について詳しく触れることは控えますが、読んでいて非常に面白く、時間が経つのも忘れて読みふけるほどの素晴らしい作品でした。実は東野圭吾の本を読むのは初めてだったのですが、彼が人気作家として多くの支持を受けている理由が、この本を読んでわかった気がします。見事なトリックの構築や謎解きの過程にもドキドキさせられましたが、私がページをめくる手を止めることができなかったのは、あまりにも純粋な数学者に感情移入してしまい、彼を待つ結末を知りたかったが故です。

決して自分の手には届かない存在である美しい女性、その女性との唯一の接点が、「犯罪隠蔽の共犯者」であること。そのたった一つのつながりを頼りに、数学者はその天才的頭脳をフル回転させて巧妙なトリックを作り上げ、懸命に女性とその娘を守り続けます。その健気な姿に、同じ男として胸にこみ上げる物を感じずにはいられませんでした。

物語の後半部分で、数学者は本来の彼にはあるまじき、ある卑劣な非社会的行動に出ます。「彼がこんなことをするはずがない」と大きな違和感を感じてしばらく首をひねっていると、ふいに彼の真意と、その行為が導く彼の運命が理解できました。終盤の刑事の台詞ではないのですが「ここまで人を愛せるものなのか?」と、その愛の深さに胸が痛くなるほどでした。それから後は彼を待つ運命を思い描きながら、結末に向けページを繰る手を休めることができませんでした。

この作品はミステリーという形を借りた、どこまでも純粋な男の悲しい愛の物語だと感じました。最後まで読み進めた時、このタイトルに込められた「献身」という言葉の意味が、胸に重くのしかかってきました。「献身」というのは一方的な行為のみで完結するものではなく、そこにはかならず献身を受ける相手がいます。双方の思いが複雑に絡み合う「献身」という行為、「相手を愛し、思いやっている」という一方的な満足だけでは、決して幸福な結末は用意されないものだと思いしらされました。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。